導入から1年。インボイス制度の問題点を改めて洗い出す

(1)インボイス制度導入後初めての消費税申告状況

消費税のインボイス制度が2023年(令和5年)10月に導入されてから初めてとなった2023年分の確定申告で、消費税の申告件数は前年比86.9%増の197万2千件、申告納税額は9.1%増の6,850億円で、ともに過去最高でした。

インボイス導入による消費税の増税分は573億円で、3ケ月の導入期間、2割特例を適用した申告者数が73万4千者、80%の仕入税額控除の経過措置を考えると大増税と言うことができます。

また、2023年(令和5年)12月末までのインボイス発行事業者の登録状況における個人の免税事業者の登録状況は105万者、このうち期限内の申告者数は87万5千、83.3%、まだ17万5千者の事業者が申告をしていないことになります。

そこで政府は「消費税の確定申告手続がお済みでない方へ」というチラシを作成、期限後の申告は、無申告加算税、延滞税がかかること、自主申告した場合は15%の無申告加算税が5%になること、加算税の額が5,000円未満の場合、延滞税の額が1,000円未満の場合には、それぞれ加算税や延滞税を納付する必要はないこと等を記して、早めの申告を促しています。

しかし、2024年(令和6年)2月末時点、インボイス発行事業者の登録状況における免税事業者の登録状況は153万者、そのうち個人は113万者となっており、1,000万者以上いると言われている免税事業者の数と比較するとあまりにも少なく、登録しないで不安に思っている残された多数の免税事業者がいることにも留意することが必要です。

消費税は赤字でも納税額が発生するので、現在でも滞納額は国税中50%を占め、滞納第1位です。もし何百万という中小零細事業者が課税事業者に取り込まれることになれば、近い将来滞納問題はさらに深刻になります。また、滞納している事業者は経営に行き詰まり廃業に追い込まれ、結果、廃業する事業者が増大し、景気は悪化することになります。

(2)インボイス制度は廃止しかありません

1.日本の消費税は帳簿方式を継続する必要があります

世界の164ヶ国で消費税が導入されていますが、163ヶ国で帳簿と全く切り離して消費税の計算を行うインボイス制度が採用されています。日本は世界で唯一、インボイス方式に比べて書類の保存に関する納税義務者の事務負担が大幅に軽減され、免税事業者が取引から排除されるなどといった問題が生じない帳簿方式を選択しています。

過去に大蔵省(現・財務省)の官僚として消費税の導入に深く関わった経緯がある古川元久議員は日本税政連のインタビューで、「例えば、私が官僚として消費税の導入に関わった際には、インボイスは当然必要だと考えていました。しかし、政治の世界に入って現場を知り、インボイスは導入すべきではないという考えに変わりました。

ヨーロッパ等の諸外国ではインボイスが導入されておりますが、海外においては正確な帳簿を作成している事業者というのは実は多くありません。特に中小零細企業はほとんど作っていませんし、発展途上国に行けばそもそも帳簿というものがありません。帳簿をつけない、証憑がないことが前提であれば、日々の取引の中でお金の出入りが分かりません。だからこそ、そうした国々ではインボイスが必要になってくるのです。

ところが日本は、翻れば江戸時代の頃から中小零細の事業者も帳簿をつけている国です。税理士の先生方のチェックの上で帳簿さえしっかり作れていればインボイスは必要ではないし、むしろ余計な事務負担になります。このことは政治家になってから気づいたのです。」と述べています。

加えて、日本で導入しているインボイス制度は、仕入税額控除のために、帳簿及びインボイスの保存が必要とされており、世界一複雑な割り戻し方式のインボイス制度に基づく方式となっています。このような制度は構造上あり得ない大失敗の制度です。

2.政府の説明は誤っており益税はありません

政府の出している「消費税のしくみ」「税の負担者と納税者」の欄には「消費税は、商品・製品の販売やサービスの提供などの取引に対して広く公平に課税される税で、消費者が負担し事業者が納付します。」とされています。しかしこれは間違った説明です。

すなわち、判例においても、「消費者が事業者に対して支払う消費税分はあくまで商品や役務の提供に対する対価の一部としての性格しか有しないから、事業者が当該消費税分につき過不足なく国庫に納付する義務を消費者との関係で負うものではない。」とされており、金子財務大臣政務官の2023年(令和5年)2月10日の国会答弁においても、「消費税は預り金的な性格の税であり、預かり税ではない、というのが財務省の見解だ。預り金ではないという認識で結構だ。」と述べています。

また、政府は消費税を間接税と説明していますが、消費税法において、事業者の行った資産の譲渡等には、消費税を課し、事業者は消費税を納める義務がある、と規定しています。すると、消費税は、税を負担するのも税を納めるのも事業者となっており、まさに直接税ということができます。

アメリカは1969年に企業課税委員会で付加価値税・消費税導入に反対という結論を出し、大統領への第1回目の報告で採用見送りを提言して以降、いまだに付加価値税・消費税を導入していません。実はその報告書の中では「付加価値税・消費税ははたして税金と言い切れるのか?」という議論がなされています。

消費税は価格に埋もれてしまう、価格の一部であるというアメリカの認識は、生産者が負担する事業税と同じなのだから、間接税でなく直接税ということになり、実質的には消費者からの徴税ではないので、消費税を導入する意味はない、法人税ですでに徴収されているのだからそれでよいのではないか、という指摘がなされています。

(3)「インボイス方式で価格転嫁ができる」という非現実感

「インボイス制度導入により、インボイスを介して取引当事者間における適用税率及び税額の認識を一致させることとなるため、インボイスが持つ『相互牽制作用(self-policing)』が発揮され、税の転嫁の適正化が図られるとともに、適正性、透明性の確保が担保されることとなる。」という人がいます。

しかし、下請けの金額を決めるのは、全部親会社か発注先だけです。要は価格決定権がないのです。価格は事業者間の力関係で決まるため、消費税を価格に転嫁できないのは当たり前です。

公正取引委員会はかねて、インボイス制度の影響で、強い立場を利用し取引先に不利益を与える「優越的地位の濫用」は独占禁止法に抵触しかねないとして警戒し、懸念があれば未然防止のため「注意」を出している、と述べています。

この「注意」は、2023年40件に上りました。その一つは日本たばこ産業(JT)が葉タバコ生産農家に一方的に取引価格の引き下げを通告したケースが対象でした。同様の通告は、芸能事務所がナレーターに、人材派遣業者が翻訳者や通訳者に、声優プロダクションが声優に、という構図が確認されています。

公正取引委員会の活躍と、相互牽制作用のおかげで、転嫁はできていたと思いきや、「インボイスを考えるフリーランスの会」のアンケートによれば、「今年の免税事業者の申告で、85%の者が身を削って貯蓄などから納税し、10%の者が借り入れをして補填した。」との報告があります。 

(4)電子インボイスになれば便利になるのか?

インボイス制度が導入されればやがて電子インボイスになる、するとインボイスの事務に関する煩雑さは解消される、という人がいます。

しかし、電子インボイスに移行する前に、インボイスに登録すること、インボイスのせいで取引から排除されること、インボイスのせいで値引きを迫られること等で、どれだけの中小零細事業者が倒産、廃業に追い込まれるのでしょう。

それを免れても、電子インボイスに対応できなくて倒産、廃業になる事業者も多数出てくると考えられます。

諸外国では、インボイス制度が導入されてから長いため、仕入税額控除が出来ないと困るという理由で、ほとんど課税事業者になっています。長い間に免税事業者は淘汰されてしまったのです。

別の見方をすると、政府は情報一元化のために、電子インボイスを導入したい、そのためのインボイス導入ではないか、と考えることもできます。中小零細事業者が淘汰されてしまった後、ピラミッドが下の方から崩れてゆき、最後には経済全体が崩れてしまう、本末転倒の結果になってしまうのではと懸念されます。

我々は、税理士業のデジタル化、事業者のデジタル化に反対しているのではありません。

電子申告の義務化、電子取引の保存の義務化、電子インボイスで情報が国に集約され、はては記入済申告書になり、監視国家になりはしないか、申告納税制度は維持されるのか、納税者の権利は擁護されるのか、個人情報は保護されるのか、自己情報コントロール権は守られるのか、デジタル化を強要されて企業はそのための投資に耐えられるのか、等を懸念しているのです。